生まれながらに身分が差別されていた時代

今から約150年前の1868年までの江戸時代、わが国では士農工商に分別される、生まれながらの職業で身分が差別されていました。 これにより、それぞれの生活水準も大きく違っていたのです。 そうなると、それぞれの身分での楽しみ方にも雲泥の差があります。 ただ、江戸時代の元禄年間より、江戸幕府が安定期に入り、それぞれの身分共通の娯楽が次々と創造されるようになりました。

中には、150年たった現在でも、第一線の娯楽となっているものも少なくありません。 勿論、娯楽でもお金のかかることでは、お役人さんといわれる武士とお百姓さんとでは所得格差があまりに大きかったため、全く質の違うものだったに違いありません。 例えば、道具を揃えないと楽しめない娯楽、何かを買わなければならないコレクションなど、入場料がかかるものなどがその代表例です。

あるいは、武芸にかかわるものでは、江戸時代の前の安土桃山時代の刀狩に代表されるように、百姓一揆を押さえつけるために、禁止されていたものもあるでしょう。 義務教育で習ったように、百姓は文科省認定教科書にも書かれている通り、生かさぬように殺さぬようにという重税が課せられていたことが、その理由です。 ただ、武士の間でも、幕府から禄を食む旗本や御家人、裕福な譜代の藩の藩士、困窮する外様の藩の藩士や武士では、生活水準の格差はとても大きなものでした。

それと、もう一つ忘れてならないのが、地方格差です。 江戸、逢阪、京の都、徳川御三家の城下町、大大名の城下町では大差はないものの、それ以外の地方では、時代にしたら半世紀から1世紀は遅れていたのではないでしょうか。 そこで、ここでは、江戸時代の江戸の武士と町民に絞り、その娯楽をご紹介しましょう。 また徳川250年といわれるように、250年も続いた江戸時代ですから、当然娯楽もその間に進歩します。 抑制の時代もあれば放任の時代もあり、その入れ替えが3度以上も繰り返されたのですから、娯楽も姿を変えてきたのです。 なので、安定期に入った元禄年間から享保年間までの、どちらかと言えばお上から娯楽の元が供給されたおよそ50年間、寛政から文化文政にかけての将軍政治から役人政治に移行された政では暗いものでした。 そこから自立した文化により次々と新しい娯楽が生まれていった過去をご紹介していきます。

ここで誕生した娯楽は現代にも受け継がれているものがほとんどなので、それぞれの歴史の深さが実感できると思います。 まずは、この時代からあったのかと驚かれる方もいると思いますが、男性にとっての一番の娯楽とも言える風俗です。 現代でも男性に娯楽は何かと聞けば風俗と答える人は少なくないと思います。 中でも吉原は古くからの歴史を持っており、今現在も風俗の代表は吉原で間違いないでしょう。
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